2019年04月01日

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第1829例会

 

場所:リーガロイヤルホテル広島

ゲスト卓和「出生前診断の現状と医療倫理」

 

 

 

 

母と子のまきクリニック
Mother and fetus Maki Clinic  兵頭 麻希 氏

 

 ゲノム医療の目覚ましい進歩により、出生前診断、着床前診断のほか、先天性疾患、成人のがん、神経疾患、糖尿病やアルツハイマーに至るリスク評価など、多くの領域で遺伝学的検査が臨床応用されるようになった。
 中でも出生前検査の歴史は古く、1968年、羊水検査による胎児染色体検査が可能となった。高年妊娠で増加する胎児の染色体異常に対する検査として当初は罹患時の早期診断による人工妊娠中絶が治療のように扱われていたが、歴史的背景や胎児医療、新生児医療の進歩により、検査の意義は時代とともに進歩している。1990年代以降、超音波機器の開発および検査技術の進歩により、妊娠早期から様々な胎児疾患の形態学的評価が可能となった。遺伝学的検査に加え、形態学的検査を早期に行うことにより、妊娠中の管理・治療から、新生児医療に繋げられるようになったことで、出生前診断の医学的意義は大きく進歩した。
 しかしながら2013年から開始された母体血による胎児遺伝学的検査(NIPT)は、侵襲なく胎児染色体異常のリスクが判定できることが利点であるが、それゆえに安易な提供・受検、そして不適切な中絶につながるような使用が増加し問題となっている。科学や技術の進歩は、扱い方により幸せも、また不幸をももたらすことがあり、良識をもって適切に使用することが重要である。
 日本医学会の「医療に関する遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」では、遺伝学的検査を行う際には「多様性と独自性を尊重する姿勢」が重要とされる。出生前診断においては、医療者が胎児の命に向き合い、できる限り児の状態を把握する臨床診断を行い、医学的管理に役立てる医療を行うことが必要である。そのためには精度管理された豊富な検査技術とともに、遺伝医療専門職による「遺伝カウンセリング」の重要性が指摘されている。各種検査を熟知した上で、胎児超音波検査など臨床診断に合わせて遺伝学的診断を行う系統的診療を行ってはじめて、医療者はクライエントに提供できる情報が確実に増え、診断・精査から治療につなぐことが出来る。命の選別につながる可能性があり慎重に行われるべき検査が、出生前診断を専門としない医師により商業的に利用されている危機に対応するため、これまで出生前診断を回避しがちであった産婦人科医も積極的に取り組む拡大案が3月に出されたが、専門で扱うためにはやはり知識や技術の習得が何より第一となることに留意すべきと考える。産婦人科医による出生前診断は、母と胎児、二つの命の安全と健康を守り、家族が安心してお子さんを迎えられる目的となることを願っている。
 意義ある診療を行うためには、医学的知識や技術だけでなく、倫理的、心理社会的問題を熟知した診療が求められる。医療倫理に関して、「臨床倫理の4分割」のアプロ―チ法(大井玄、赤林朗訳:臨床医学における倫理的決定のための実践的なアプローチ 新興医学出版社 1997)から、医学的適応(恩恵・無害)、患者の意向(自己決定の原則)、QOL(幸福追求)、周囲の状況(公平と効用)の4点が重要とされる。出生前診断においても、これらを十分に考慮し妊婦や家族に寄り添うためには、妊婦と同じように胎児を愛おしみ、小さな命に向き合う姿勢が必要である。医師不足で多忙の産科医療の中、医学的、倫理的、心理社会的問題点に配慮し専門的に出生前診断に取り組むことのできる医師は極めて少ないのが現状である。社会においては、医療リテラシーの向上、そして法的問題の整備や社会福祉の充実が急務で、産婦人科医自ら、そこに働きかけることも重要と考えている。
 今後も産婦人科遺伝を専門とする医師として、小さな命との出会いを支え、妊娠生活や家族の将来を明るく照らす案内人となれるよう、不安を和らげ、授かった命を喜び育んでいけるような医療を広く提供したい。

 

 

 

 

 

 



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