2017年10月02日

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第1767例会

 

場所 : リーガロイヤルホテル広島
追悼例会「故柚木 宏会員を偲んで」

 

 

 

 

国際ロータリー第2710地区直前ガバナー 田原榮一様

 

 

 

 故柚木 宏先生を偲び、謹んで哀悼の辞を捧げます。
 ロータリアンの鏡である先生のご逝去は、わが広島中央ロータリークラブ創立四十周年を迎えるにあたり、誠に痛恨の極みであります。
 先生は、1978年の広島中央ロータリークラブの創立に、チャーターメンバーのキーマンとして尽力されました。そして、今日まで、38年間、わがクラブのクラブ活動と発展に貢献をされ、特に、1980年にクラブ二代目の会長を務められ、更に1995年には、特別代表として広島城南ロータリークラブの創立に寄与されました。
 先生は、1953年に広島県立医科大学をご卒業後、広島大学医学部第一内科に入局され、助教授として長年医学教育・診療に従事されました。そして、退職後は、地域医療の発展・充実に貢献されると共に、広島県内科会の会長として活躍されました。
 私は、広島大学医学部教授就任3年目の1981年、広島中央ロータリークラブ創立3年目、先生の推薦により入会し、先生からいつも敬語で優しくロータリーの哲学をご教授して頂きました。
 忘れてならないことは、2013年、先生が、地区ガバナー指名委員会に、私のガバナー推薦状を提出して頂いたことであります。
 しかし、私がガバナーの責務を無事に果たしたことを、先生に直接報告出来なかったことは誠に断腸の思いであります。
 また、先生は財団法人広島がんセミナーの設立に尽力され、今日まで理事として、公益財団法人広島がんセミナーの管理・運営にご指導頂きました。まさに、先生は、ロータリークラブのみならず広島がんセミナーの育ての親と言っても過言ではありません。
 柚木 宏先生、これまでのロータリー活動、地域医療並びに広島がんセミナーへの多大なご功績に対して、深甚なる感謝と敬意を捧げ、お別れの言葉といたします。安らかにお眠りください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迫田 勝明会員

 

 

 

「弔辞」

 この度、柚木宏先生のご逝去の報に接し心からお悔やみお申し上げます。
 私は、柚木先生に前回お会いした時、いつもとお変わりなく元気そうでしたので、突然の訃報に接しびっくりした次第です。
 私と柚木先生との関係は学生時代に始まります。医学部3年生の時、柚木先生に大変無理なお願いをし、それを快く引き受けてくださいました。その関係もあって、私たちの学年は40名のクラスでしたが、そのうちの10名が医学部を卒業後、柚木先生の第1内科に入局しました。私は外科志望でしたので、第1内科には入局しませんでしたが、家内が第1内科に入局し、柚木先生のお世話になりました。
 医者になってからも、大学時代は国保の審査員として柚木先生に長年ご指導を頂きました。
 私がマツダ病院へ移動して、院長になったとき、柚木先生からのお声係で、広島中央ロータリーに入れていただきました。広島中央ロータリー入会後も、いろいろご指導いただき大変ありがたく思っています。
 幽明境をことにしましたが、これからも私たちを見守っていただきたいと思います。有難うございました。

 

 

 

 

 

 

 

 

藤村 欣吾 会員

 

 

 

 「追悼文 ―柚木 宏 先生へ―」

 柚木先生に生前多くのご厚情をいただいた一人としてロータリークラブ入会のいきさつを紐解きながら追悼の言葉とさせていただきます。
 先生とは広島大学時代からお付き合いをさせていただいておりましたが、当時先生は第一内科の助教授、私は原爆放射能医学研究所の内科(現在の血液内科)へ入局したばかりの新人で距離的にはかなり離れていました。その上先生はほどなく大学を辞され開業されたため接点は遠のくばかりでした。しかし、どこで情報を得られたのかは分かりませんが、しばらくして、多くの貴重な血液疾患の患者さんをご紹介いただくようになり、また当時広島県内科会の会長を務めておられたこともあって、講演のお手伝いをし、臨床医学の教えを頂きました。また広島県国民健康保険連合会の会長も務められておられた関係で、今度は血液疾患の審査依頼を受け、保健医療をはじめ医療経済の現状を体験させていただくようになり、先生とは毎月1週間くらいはご挨拶をさせていただく機会が増えてきました。決定的になったのは1997年の春に私のところの大学院生の結婚式の披露宴会場でした。先生は新郎のお父様と同期で同じ第一内科出身という事で出席しておられた様です。その時、私のところへお越しになり、「大学で医療や研究ばかりやっていてもどうかなー。医者特に臨床家は病気ばっかり見て、しかもお付き合いするのは同業者ばかりだろう。病気ばっかり見るのは結構だが、何のためにやっているのか。もう少し世間にはいろいろな人達がおられ、基本はその人達のための仕事であろう。そのためには多職種の人々と話す機会を持って、様々の考え方を知ることは、患者さんを身体的・精神的な面を含めて診なければならない医師にとって必要ではないかと思う。ついてはロータリークラブという組織がある。そこに入って医者以外の世界を見てみてはどうか」と披露宴でおっしゃいました。
 小生は教授になって間がない時期で、何とか研究成果を上げなければと思っていた最中に、異次元のことをお聞きして即座に「先生、今そんな時間はありません。」とご返事をしたところ、「ゆっくりでいいから考えてみなさい」とおっしゃってその場を立ち去られました。
 それから何となく先生がおっしゃったことが頭から離れず、先生の言葉を反芻し、先生の言われることは最もで、新たな環境を知ることも人生にとってプラスになるであろうと思うようになっておりました。その様な時に柚木先生からお電話があり、「先般の話はどうかね。気持ちは固まったか?」と尋ねられました。「お世話になりたい気持ちは出てきましたが、毎週月曜日の決まった時間を開けることは難しいのですがー。」とお話しすると昼ご飯を食べるであろう、昼ご飯を食べるだけで良いからと言われ、それを真に受けて、それでよいなら入会しますとお答えしたものでした。
 入会以来、例会へは田原先生がご自分の車で送り迎えをしていただき、至れり尽くせりの待遇でしたが裏を返せば、がんじがらめにされてしまった感じがして今に至っています。また例会では最初は親睦委員を務めるのだが、君は多忙だから可能な時にたすきをかけて例会前に皆さんをお迎えすればよい。とのことで、その言葉を真に受け2・3回くらいしかたすきをかけた経験がありません。このようにいろいろな面で心遣いをなさる先生でもありました。今思えば柚木先生の面子を台無しにし、大変ご迷惑をおかけし申し訳なく思っています。
 しかし例会では多職種の人たちと会話ができ、いろいろな情報を聞き、諸先輩の素晴らしい卓話をお聞きし、学生の指導や患者さんとのコミュニケーションにも大いに役立ち現在に至っています。
 私も臨床家になって50年近くなり、この間を振り返ってみて先生には40年以上の長きにわたり、臨床医学の知識のみならず、医療経済、さらには医師としての心得等、医師としての人生を歩む上で多くのことを教えていただきました。
 今一度、先生にお会いし、お礼を申し上げたいのですが、それもかなわなくなりました。非常に残念です。本当に長い間ご指導を頂き有難うございました。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

 

 

 

 

 

 

 

城南RC会長 新谷 貫之 様

 

 

 

 この度の柚木先生のご逝去の報に接し、謹んで哀悼の誠を捧げます。
 柚木先生には城南RC創立前から、そして創立後も、また直近に至るまで、大きなご指導を受けました。誠に有難う御座いました。
 広島中央RC様に、新クラブ結成の要請が有りましたのは、平成6年8月2日のガバナーを囲む会の席上であったと聞いております。そこから貴クラブでは、パスト会長会を中心に話が進められ、12月には新クラブ設立に伴う特別代表として柚木パスト会長が御就任されました。平成7年1月には第一回キーマン会議が開かれ、貴クラブの柚木特別代表、会長幹事、副会長副幹事と当クラブの5人のキーマンの初顔合わせが行われました。その後何度かのキーマン会議及び創立会員全体会議も柚木特別代表に指導して頂き、平成7年3月31日の創立総会を迎えました。創立総会では貴クラブから記念品やお祝い金を頂き、最後に柚木特別代表から輪木新会長に「点鐘と木槌」が渡されました。
 そして、ここから「城南RC」の第一歩が始まり、今日の22年間の歩みに繋がっております。柚木特別代表及び広島中央RC様のご恩に報いるべく、城南RCはこれからも一層頑張り、クラブを発展させたいと思っております。
 特別代表柚木先生には衷心(ちゅうしん)よりご冥福をお祈りし、ご挨拶と代えさせて頂きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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